(社)日本朗読検定協会 公式BLOG

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iPhone、iPad、Androidから、朗読検定(R)実技課題をご提出いただけます!

朗読検定とは

朗読検定の使いみち

朗読を趣味として楽しんでいる方
朗読ボランティア活動をしている方
朗読の公演活動をしている方

は、常日頃から、

知識や技術を自分にインプット

していると思います。

いわゆる、

“学習”
“練習”


ですね。

しかし、この学習や、練習というのは、

成果を出す場

が無ければ、まったく意味がありません。
小学校でもそうです。

授業があり、
テストがある。

あなたの学び、練習の成果を計ってみませんか?
朗読検定で。


朗読検定スケジュール(第51回は、2月28日受付締め切りです。)
http://www.roudokukentei.jp/about/schedule.html

朗読検定は、何のためにあるのか?

朗読検定は何のためにあると思いますか?

朗読を「画一化するため」ではありません。

朗読の「技術や知識の体系化」だけでもありません。

より多くの人が、朗読を楽しめるようにするための「検定」なのです。


既に、朗読をやってみたことがある方はお分かりだと思います。


意外に簡単であること。
意外に楽しいこと。
意外に若い人もやっていること。


そう、全部、「意外に」と思われているのです。

「本格的な人以外はやっていなさそう。」
「人前で読むのって、緊張するのに、楽しいのかな?」
「お年寄りの趣味でしょう?」


と。

実は、朗読という文化の歴史は長いです。
何せ、黙読の読書よりも長いので、1000年以上はあるはずです。
※現代では普通ですが、実は、文字が読めるようになることは大変なことだったのです。


だから、本格的な発表会が目立ちますし、
作品もマニアックなものを読まれる方も多いです。


だから、難しそうに思われていて、


「私には無理。」


と思っている方も少なくありません。

お年寄りの趣味、と書くと誤解を受けるかもしれませんが、
要するに、


「お年寄りが、古い文学を懐かしむためにすること」=朗読


こう思われているということなのです。

それは一面としては正解なのですが、

こういった誤解が多いのが朗読界の“一つの現実”です。


ちょっとここで、お話を「検定」に切り替えます。
「検定」は、ブームです。
様々な検定があります。


ですから、「検定慣れ」している世の中であると言えます。
「検定」と付くだけで、


ある種の親しみを感じる


というレベルです。

どの検定もそうですが、一番の目的は、


その文化の人口を増やす


ことにあります。

特に、新規で始める人たちを増やす目的です。
「入門級」がそれにあたります。
今の朗読検定でいうと、4級がそれにあたります。

新たに始める人が増えなければ、その文化は、いずれ廃れていきます。


さて、

「朗読の良さ」って何でしょうか?


色々な答えがあると思いますが、


人がすることのぬくもりを感じられること


これに尽きるのではないでしょうか。


インターネットが普及し、
私たちは、家の中にいながらにして、世界中のサービスや商品が買えるようになりました。
人を介せずに。

でも、


実際にお店に行って買うほうが、100倍楽しくありませんか?


だから、
外国から日本に、多くの旅行者の方がみえたり、
私たちも日本国内や、外国に旅行に行ったりするのです。

インターネットで買うのとは違い、

その国、
地域の人と、
リアルに接する機会があります。

人のぬくもりを感じられるのです。


朗読や、読み聞かせは、その原点です。

こんな大切なことを廃れさせてはいけないのです。

日本だけではありません。
世界中、どの国でも。


だから、敷居を低いところに持っていき、
新たに始める人が、始めやすいようにする。


これは、他の形ではこんなものがあります。


朗読劇にしたり、
ピアノやハープなど、楽器と朗読のコラボイベント、
戦場カメラマン 渡部陽一さんとおこなった、「みんなの朗読コンサート」


どのアプローチも、敷居を下げる意味が含まれています。


朗読ではない、他のジャンルでもおこなわれています。
歌舞伎俳優や能楽師の方が、TVドラマや映画に出ることもそうです。

“多くの人に気軽に、
良さ、楽しさを知ってもらいたい”


その想いが込められているのです。

私たちが朗読を「検定」にするのも、そういった意味、想いがあるのです。
いわば、メッセージです。


知識や技術の体系化というのは、初歩、つまり、階段の一段目から作るという事です。
でも、一段目や最上段を作るだけでは、今、自分が何段目にいるのかわからず、かじっただけで終わってしまう人を増やすことになります。

だから、「検定」なのです。

新しく始める人を増やすだけではなく、
続ける人を増やすこと、
続けられる仕組みをつくることが、
その文化を衰退させないカギ
となるのです。

もし、このメッセージが伝わったのならば、私たちを応援していただけませんか?

応援の仕方は、

「朗読の教科書」をご購入
朗読検定の受検
通信講座の受講
イベントにご参加
認定教室や提携教室になる
朗読インストラクターになる

また、企業や団体様がご寄附くださることや、私たちの活動を多くの方に知らせてくださることも、尊い応援となります。

誇れる国づくりは人づくり。
人づくりは朗読から。

今後とも、一般社団法人日本朗読検定協会をよろしくお願い申しあげます。

「めんどくさいから面白いんです!」

私の恩人の一人で、Sさんという方がいます。

Sさんは、私が初めて、就職した、

TV番組制作会社の社長だった方です。

一時期、社員が100人くらいいた制作会社のボスだった人です。

私なんて、完全に下っ端でしたから、雲の上の人みたいな存在でした。


朗読検定がうまく行っていないころ、
このSさんに相談に行きました。

私がひと通り、Sさんに朗読検定のことを話し終えた後、

Sさんが、


「ほかの検定いうのは、こんなにめんどくさく無いやろ。

テキストを買って、勉強して、試験会場行って、解答書いて、後は待つだけや。

だからみんなやるねん。

この、朗読検定いうのは、めんどくさいやろ?

だからあかんねん。」

※ほかの検定団体様、誤解を受けるような書き方で申し訳ありません。そんな簡単な物では無いことはSさんもご存知です!



私は、一瞬、


(図星やんか・・・)


と思いましたが、とっさに、


「めんどくさいから面白いんです!」


と言いました。


すると、Sさんは、


「・・・なるほどな、うん。 そういうのもあるな。」


と腑に落ちたようでした。


でも、一面としては、Sさんが正解で、

実際、

朗読検定は、めんどくさいのです。


受検してくださった方はご存知でしょうが、手順を書きますと、

1.課題が本部から送られてくる

2.練習する(と同時に筆記試験に取り組む)

3.静かな環境、時間をみつけて録音、

4.(失敗したら)やり直し。

5.出来たら(同封されている)クッション封筒に入れて本部に送る。

※5の手順は、メールで音声データを送る場合は不要です。


どうですか、大変、めんどくさいでしょう?


インターネット全盛の、

日用品のほぼすべてがネットで買える時代に、

超アナログです。

時代に逆行しています。


でも・・・

朗読、読み聞かせ、

という行為自体、アナログなんです。


そこで、ちょっと考えてみていただきたいことがあります。


あなたは、

アナログレコードとCDの違いを知っていますか?


アナログレコードは、

一度として、まったく同じ音は出していません。

硬い針が、樹脂で作られたレコード盤に刻まれた溝をなぞることによって、音を拾っているからです。

ですから、

レコードプレーヤーの近くに、
猫が飛び乗ったら音飛びします。(笑)

レコード盤をむき出しで置いていたら、
ホコリが乗ってしまい、音が悪くなったり、
音飛びしやすくなります。

レコードの溝のほこりを取る、
繊維で出来たクリーナーもありました。

レコードは、
A面を聴いていて、B面を聴きたくなったら、
一度、止めてから、裏返さなくてはなりません。

対して、

CDは、いつも同じ音が出ます。

再生ボタンを押せば、何の苦労もなく、

プレーヤーが故障しない限り、
いつも同じように音を出してくれます。

プレーヤーが置いてある場所に、
猫が飛び乗ろうが音飛びしません。

少々のホコリや、
傷が付いていても、音飛びしません。

選曲ボタンで好きな曲を一瞬で選べます。


利便性、機能面では、
どう考えても、アナログレコードが完敗です。


しかし、

CDが無かった時代、

アナログレコードと、
カセットテープしか無かった時代にだけ、
有ったものがあります。


それは、

工夫

です。

例えば、こんな悩みがありました。

(どうしたら、安定した音が出せるだろうか?)

(選曲を一発でできないだろうか?)

(A面とB面を裏返す動作なしで、続けて再生できないだろうか?)

(針はどんな素材が良いだろうか?)

(プレーヤーの回転ムラを無くすには、どうしたら良いだろうか?)

(プレーヤーを置く場所は、どう気をつけたらいいだろうか?)

(「サー・・・」というノイズ、消せないだろうか?)


それこそ、

レコード盤への針の落とし方の上手い、下手、まで有ったのです。


レコード盤のことを知らない方に説明をしますと、

レコードをかける時、

音を拾う針がレコード盤に乗る瞬間、

「ボッ」

という音が鳴るのです。
※これが鳴りにくい、高価な機器もあります。


これを、鳴らさないように出来る人が、

レコードをかけるのが上手な人

だったのです。


今、

CDをかけるのが上手な人

なんて言いません。
言わないどころか、いません。(笑)



私が何を言いたいかというと、

一期一会という言葉にあるように、


朗読のように、

アナログなこと、
人がおこなうことは、

刹那的で、
常に一度きり

ということです。

別の言い方をすれば、
不安定とも言えます。


でも、

最高の状態を、
たった一度きりにしないように、

安定して、
同じように再現するために、

より良い、
最高の中の最高を目指すため、

工夫をしたり、練習する。


朗読をしているあなた、

そして、

どんな偉大なアーティストでも、
そうなのでは無いでしょうか。


音楽家も、
俳優も、
声優も、

観る人、
聴く人に、

「自分の最高を届けたい!」

と思い、
それを届け続けるために、


食べるものや、
運動、体調を管理したり、

効果的なトレーニングを研究、実践したり、

常に最高の自分の状態を知り、アドバイスをしてくれる人

をそばに置きます。


朗読検定は、
まだ、その域に達していないかもしれません。


でも、近い将来、

私達がつくる朗読検定が、

あなたの最高の状態を知り、アドバイスができるもの

そうなれるよう、
私たちも、研究を続け、工夫を凝らし続けたいと思っています。


あなたの工夫や、
一生懸命に練習した朗読に、

最高のアナログで応えていきます。

拍手=批評

朗読検定で、

次のようなことがわかります。


あなたの朗読の、

・長所、良いところ、素質、才能、工夫したところ。

・上達するためにハードルとなる部分、練習すべきところ、工夫が必要なところ。


それを採点表で、

見える化

するのも、朗読検定の目的の一つです。


しかし、

「自分の朗読を批評されたくない」

という方がおられるのも事実です。


でも、


あなたが朗読をする限り、批評から逃れることは出来ません。


例えば、あなたが朗読の発表をし終わった時、

聴き手の方は“批評を形にして”表します。


拍手で。



(まずまずの出来だったから、拍手しておこうか)


という拍手かもしれないし、


立ち上がっての拍手喝采


という状態かもしれません。



しかし、本物の拍手をもらうのは簡単ではないようです。


私の父は、鶴澤清治といいまして、文楽の三味線弾きで、人間国宝です。

まぁ、腕はちょっと自慢しても良いレベルだと思います。


Twitterで父のファンの方が書いておられたのですが、

その父が、先日、

「挨拶じゃない拍手を久し振りに受けた」

という発言をしていたそうです。


父が謙遜して言っていると思われるかもしれませんが、父は自信家です。

拍手が本心によるものかどうかの聞き分けが出来る耳もあると思います。

おそらく、謙遜ではなく、そのまま受け取って良い発言だと思います。



挨拶の拍手
とは、


(あ、終わったらしい、拍手しなきゃ!)


の拍手です。



読みたい作品を、読みたいように読む。


多くの方がこの理想を追い求めておられるのではないでしょうか。

それで“挨拶じゃない”拍手がもらえるのなら、本当に大したものだと思います。

自慢して良いと思います。


しかし、まったくの独学で、

誰の指導も、批評も受けずに、

読みたい作品を、読みたいように読むと、どうなるでしょうか。



お客さんである、聴き手も、

自分の時間、もしかしたら、お金も使って聴きに来てくれているわけです。


そんなに甘くありません。



満面の笑み、

または、

涙を流しながら拍手されていたら、

あなたは天才です。




でも、

99%そんな奇跡は起きません。


朗読は、ご存知のように、

聴き手に作品世界を伝えることが目的

です。


自分が読みたいように読んで聴き手に伝えるには、相当な勉強と練習が必要です。



朗読教室で、こんな言葉を、時々聞きます。


「私は、好きなように読めたらそれでいいの。」

「別にそこまで(どこまで?)上達しようとは思っていないの。」


本当かな?

といつも思います。


お客さんが本気で拍手してくれたらうれしいに決まっているし、

それが、地道な発声・発音練習や、何十回もの下読み。

作品の分析。

何度も録音して、聴き直し。

聴き手にどうしたら、この作品の感動が伝わるだろうか・・・

と、

あなたが考えに考えぬいて、工夫を凝らしてもらった拍手なら、


それこそ、

お金に代えられない喜びになるのではないでしょうか。


他人から本気で賞賛をされたら、どれだけ生きていく励みになるでしょうか。



人生は、

苦しいことや、悲しいこと、

我慢しなくてはいけないことでいっぱいです。


毎日毎日、

人から賞賛され、

感謝されている人。


そんな人はいるかもしれませんが、私は知りません。


どうか、正直になって欲しいのです。

「聴き手から、本気の拍手をもらいたい!」

「自分の朗読で、スタンディング・オベーションになるところを見てみたい!」

と。


私たち、日本朗読検定協会は、

あなたのその夢を叶え、
応援するために「朗読検定」を創っています。

・いつでも朗読の批評を受けられる「朗読検定」
・公の場で実力を試すことができる文部科学省後援「青空文庫朗読の輪コンテスト」
・朗読の指導者を育成する、「朗読インストラクター」認定制度
・あなたのコーチがそこにいる、「朗読検定認定教室」


朗読検定が、

希望の芽をつみ、けなし、

たった一人の感性だけで批判するものならば、

きっと、誰からも支持されず、

発足後1年経たずになくなってしまっていたでしょう。
(ちなみに、発足後、来年で5年です)


「朗読検定」は、道具(ツール)です。


あなたの夢をかなえる、ツールです。

それ以上でも、以下でもありません。


上手に利用をして、

朗読の本当の喜びを手に入れてください。


10月の朗読検定の受付は、10月31日で終了です。

今すぐ朗読検定を申し込み、自分の朗読の長所と弱点を知る

父の朗読。

※義理の父の、母が亡くなった時の挨拶の手紙より

語り尽くせぬ感謝を「ありがとう」に込めて

若くして父が先立ち、以来母と息子三人肩を寄せあって暮らした日々。
戦中戦後の厳しい時代、父親と母親という二人分の役割をその小さな肩に背負い、苦労も決して少なくはなかったでしょうに・・・。

それでも母は愚痴一つこぼすことなく、来る日も来る日も働いて、私たちを必死に育て上げてくれました。

幼い頃の記憶を辿ってみても母と共に遊んだ記憶はあまりなく、せっせと仕事に励む後ろ姿ばかりが瞼に浮かびます。


一生懸命頑張った分、晩年は兄弟やお仲間との旅行を楽しんだり、大好きな歌を歌ったりと、のんびりした穏やかな毎日を送っていました。

何より楽しみにしていたのは、孫やひ孫達の顔が見られる盆や正月だったでしょうか。

私達が幼いころに、仕事が忙しく、あまり思い出作りができなかった分を取り戻すかのように、孫やひ孫達皆を別け隔てなく可愛がり慈しんでおりました。

年の瀬が迫ると「お年玉をやらなきゃ」とウキウキと準備をしていた時の、嬉しそうな母の表情が今も頭から離れず、涙がこみ上げて参ります。

別れの寂しさはひとしおですが、今はただ、その人生を精一杯輝かせ、静かに眠りについた母が、きっと幸せだったと信じ、感謝の気持ちで見送ります。

母は、平成二十三年九月五日、満九十三歳にて遥かな空へ旅立ちました。


共に歩み、母の人生に彩りを添えて下さった全ての皆様へ深く感謝を申し上げます。


本日のご会葬、誠に有難うございました。





私事ですが、先日、義理の父の母が亡くなり、その際に義父がこの文章を朗読しました。

義祖母の主人は、たった二十三歳という若さで戦死したそうです。

先の太平洋戦争(第二次世界大戦)での、二度にわたる出征だったそうで、

祖母の口癖は、


「戦争は嫌いやで。 勝っても負けても嫌いやで。」


だったそうです。


私は自分の祖母が亡くなった時にも泣いたことが無かったのですが、父の朴訥とした朗読で、涙が流れました。

自分の中から紡ぎだされた、嘘偽りのない思いが込められた文章や言葉には、それだけで人を感動させる力があるのだと、そう思いました。


と同時に、

「何で朗読を検定するんだ!」


と言う人の気持ちも、わかるような気がしました。



しかし、それでも私は、朗読検定があることで人に夢や希望を与えることができると思っています。誰でも仕事として、「朗読家」や「朗読講師」になれるという未来を創造するからです。

また、人が紡いだ言葉や文章を、“より”聴き手に伝えるには、
基礎となる知識や技術が必要です。

そして、その学んだことが身についているか確認をするのが「テスト」。
つまり、検定です。

ピアノだって、級がある。
スイミングだって、級がある。
柔道、空手も級、段がある。

表現者、アスリートとなる入り口に、
級や段を認定するテストがあることは珍しいことではありません。

「級」があるから、得意意識が芽生えるのです。
得意意識が芽生えれば、学習意欲も高まります。

何かを学ぶ、習得する、ということに最も重要なのは、
学習意欲です。

どれも、コンクールや試合があります。
コンクールや試合は、必ずしも、
級や段のレベルが高い人が勝つとは限りません。

勝ち負けも、入れ替わりがあります。
それが戒めとなります。

(自分は、まだまだ学びの途中だ。)
(段を取ったからといって、胡座をかいていてはいけないな。)

と。
 

私は、何かのきっかけで朗読に出逢った人が、

「私も、あんな風に朗読ができたらなぁ・・・」


そんな憧れ、夢を持った時、上達のための選択肢の一つに、朗読検定が出てくるようになれば、亡くなった祖母にも胸が張れると思っています。


最後に。

おばあちゃん、僕の息子たちを愛してくれてありがとう。

プロフィール

村山博之

昭和45年大阪市生まれ。
TBS系列の放送局で、TV・ラジオ番組の制作、ナレーター・声優事務所の営業マネージャーを経て、日本朗読検定協会設立に携わる。
朗読検定(R)開発者。一般社団法人日本朗読検定協会 代表理事。NHK全国大学放送コンクールでは、第30〜35回の6年連続で本選審査員を務める。
実父は文楽の三味線奏者、鶴澤清治。(重要無形文化財保持者/日本藝術院会員)親戚に、同じく文楽の義太夫、六代目竹本織太夫がいる。

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